Cancer Genome chapter
がんゲノム医療を学ぶ~第1章

「第1章:ゲノムとは?」では、遺伝子学、ゲノム医学の基礎を解説します。

Q1.ゲノムとは なんですか?

A.1人体を構成するすべてのDNAのことをいいます。

解説

ゲノムとDNA

人体は約37兆個の細胞でできています。各細胞の中にはヒトの遺伝情報を保存しているDNAが含まれており、人体はこのDNAの情報に基づいて作られています。
ゲノムとは遺伝情報全体を意味する言葉で、人体が生命活動を行うための基本となるすべてのDNAのことをいいます。DNAはデオキシリボ核酸の略で、2本のひも状の物質が二重らせん構造になっています。ひもを橋渡しする部分はアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という4種類の塩基と呼ばれる部品からできています。
この部分では、塩基のAとT、CとGがそれぞれ塩基対というペアを作って結合しています。

ゲノムと遺伝子・染色体

DNAの中には遺伝子というヒトの体を作る設計図のようなものがあります。
DNAの中で遺伝子は1~2%程度ですが、ヒトの遺伝子の数は2万数千個といわれています。DNAは細胞の中にある染色体と呼ばれる物質の中で折りたたまれています。
ヒトの場合、染色体1番から22番まで対になった「常染色体44本」と、1対の「性染色体2本(女性はX染色体2本、男性はX染色体とY染色体が各1本)」が1つの細胞の核の中に入っています。
ヒトはお父さんとお母さんからそれぞれ1組の染色体のセット(22本の常染色体と1本の性染色体)をもらいますので、1つの細胞には2セットの染色体が入っていることになります。
このうちの1セットの中に入っているすべてのDNAを、一般的に「ヒトゲノム」と呼んでおり、私たちヒトは、お父さんから受け継いだゲノムと、お母さんから受け継いだゲノムの2種類をもっています。

(吉原弘祐・田嶋 敦)

動画での解説

用語解説

●ゲノム(genome):遺伝子(gene)と総体・全体(-ome)を組み合わせて作られた遺伝子全体を意味する造語です。

Q2.ゲノムの異常には、どのようなものがありますか?

A.1塩基レベルの小さな変化から染色体レベルの大きな変化までさまざまな異常があります。

解説

ゲノム異常の種類

ヒトDNAは必ずしも安定した存在というわけではなく、さまざまな要因により変化します。
このようなDNAの変化のうち、病気の発症と関連するものをゲノム異常と呼びます。
小規模なゲノム異常としては、塩基の置き換えが起こる「塩基置換」、1つまたは複数の塩基が配列から取り除かれる「欠失」、1つまたは複数の塩基が配列に追加される「挿入」があります。
中規模なゲノム異常として、「コピー数異常」があります。DNAは通常2コピー(お父さん、お母さんそれぞれから1コピーを受け継いでいるため)ですが、1コピー以下になっている場合を「コピー数欠失」、3コピー以上になっている場合を「コピー数増幅(重複)」といいます。
さらに、大規模な染色体レベルでのゲノム異常は、「数的異常」と「構造異常」の2種類があります。数的異常は、染色体の獲得や消失により染色体の数が変わってしまうことをいい、構造異常は染色体切断が起きた場合に元どおりに修復されなかった場合に起こる変化で、いろいろなバリエーションがあります。

ゲノム異常とがん

このようなゲノムの異常は、両親から受け継ぐ、あるいは受精後の非常に早い段階で引き起こされ、体のあらゆる細胞で異常を認める「先天的異常」と、体のごく限られた細胞で異常を認める「後天的異常(あるいは体細胞異常)」があります。
がんは、後天的なゲノム異常によって起こる場合が多いといわれていますが、先天的なゲノム異常として受け継がれて特定の家系の中で繰り返し起こる場合もあり、「遺伝性がん症候群」と呼ばれています。

(吉原 弘祐・田嶋 敦)

動画での解説

用語解説

●塩基:DNAを構成する成分の一つで、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類があります。

Q3.ゲノムの異常は、どのようにして起こるのですか?

A.がんにおけるゲノム異常はDNAの複製エラーが主な原因と考えられます。

解説

細胞分裂

ゲノム異常は非常に多岐に渡るため、ここではがんにおけるゲノム異常の原因に焦点を当てて説明します。
人体は細胞分裂で維持されています。
人体は、約37兆個という膨大な数の細胞からできています。
はじまりは、1つの細胞である受精卵が細胞分裂を繰り返して数を増やすことで体が作られているのです。
さらに細胞には寿命があり、人体は絶えず新しい細胞に入れ替わって維持されています。細胞分裂のとき、2セットあるDNAを複製して4セットにして、2つの細胞に2セットずつ分配することで、細胞分裂前後で同じヒトゲノムを維持することができます。

ゲノム異常の原因とがん

ヒトのDNAは約30億塩基対あるといわれており、ときに複製時にエラーが生じてしまいます。
エラーが生じた場合には、エラーの種類に合わせてDNA修復メカニズムが働きますが、それでもエラーが残ってしまう場合があります。細胞の生存にとって強い影響を与えてしまうようなエラーが生じてしまい修復できない場合には、細胞の死を誘導するメカニズムが起動します。
一方、細胞の死を誘導するメカニズムをまぬがれ、そのまま細胞が生存してしまうと、ゲノム異常になります。また、エラーが細胞に与える影響が大きくない場合にも細胞は生存し、ゲノム異常として残ります。がんのゲノム異常の多くは、このDNAの複製エラーが原因ではないかと考えられています。
さらに、たばこの煙に含まれる発がん物質や紫外線、X線照射などの環境因子も、ゲノム異常を引き起こす確率を上げることが知られています。
(吉原弘祐・田嶋 敦)

動画での解説

用語解説

●人体の細胞数:以前は人体の細胞数は約60兆個といわれていましたが、2013年に発表された論文で、人体の細胞数は約37兆個であると試算されました。

Q4.ゲノムの異常は、子どもに遺伝するのですか?

A.遺伝する異常もあれば遺伝しない異常もあります。

解説

ゲノムの異常とは

私たちのゲノムには人それぞれ違いがあります。その違いは、子、あるいはそれ以降の世代に受け継がれていきます。塩基1個の違いのような小さな違いもあれば、もっている遺伝子の数の違いのような大きな違いもあります。このゲノムの違いは人それぞれの個性を生み出しますが、働きが弱いタンパク質ができてしまうなどの異常の原因となることがあります。この原因となるゲノムの異常にも、さまざまな種類があります。たった1塩基の違いでタンパク質の働きが悪くなる場合もありますし、染色体の数が違うという大きなゲノムの異常もあります。また、親から引き継がれず、突然変異によって生じる異常もあります。

ゲノムの異常はどのように遺伝するのか

遺伝情報の1つである遺伝子の異常は、働きが弱いタンパク質などの人体に不都合な物質を作ることがあります。私たちの染色体は2本で一対になっていて、1本はお父さんから、もう1本はお母さんからから引き継がれたものです。異常のある染色体を1本もった親から染色体を引き継ぐとき、異常のあるほうの染色体を子どもが引き継ぐ場合もあれば、もう一方の正常な染色体を引き継ぐ場合もあります。しかし、異常のある染色体を引き継いだ場合でも、タンパク質などの物質の働きには影響しない場合もあります。それは、片方の染色体にある遺伝子の異常だけで働きが悪くなる場合もあれば、両方の染色体の遺伝子に異常がある場合に働きが悪くなる場合もあるからです。
(細道一善)

動画での解説

用語解説

●タンパク質の働き:タンパク質は細胞の約15%を占め、筋肉、臓器、肌、髪、爪、ホルモン、酵素、免疫物質などを作る重要な役割をもっています。

Q5.遺伝子多型とはなんですか?

A.遺伝子の個性を決める塩基の違いです。

解説

遺伝子にはさまざまな違いがある

私たちのゲノムはとても個性豊かです。ヒトは一人ひとり顔形も違いますし、体質もそれぞれ違います。ヒトの個性を生み出しているのが、ゲノムの違いです。遺伝子の違いによって、体の中で作られるタンパク質などの物質の働きが違ってきますので、形や体質が変わってきます。その違いを生み出す遺伝子の違いを、「遺伝子多型」といいます。

人種の違いは遺伝子多型によって生み出された

日本に住む私たちは近くのアジア地域に住む人と骨格、皮膚の色、毛髪の色や質などの特徴が似ています。一方で、世界には肌の色が薄く白に近い人種の人もいれば、濃色で黒に近い人種の人もいて外見の特徴はさまざまです。この外見の特徴は遺伝子多型によって生み出されたもので、その形を決める遺伝子多型の頻度には人種によって違いがあります。そして、この遺伝子多型の頻度の違いは、人類が世界に広まっていった歴史が反映されたものです。また、外見に現れない体質、例えばお酒を飲めるどうかなど、を決める遺伝子多型の頻度も地域による違いがあります。
(細道一善)

動画での解説

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