Cancer Genome chapter
がんゲノム医療を学ぶ~第3章

「第3章:ゲノム異常とがん」では、がんの種類とゲノム異常の例を取り上げます。分子標的薬, 個別化医療, プレシジョン・メディシンを解説します。

Q11.生殖細胞系列変異に関係するがんにはどのようなものがありますか?

A.遺伝性乳がん卵巣がん症候群やリンチ症候群(大腸がんや子宮体がんなど)などさまざまなものがあり、遺伝に強く関係して発症しています。

解説

生殖細胞系列遺伝子が変異して発症するがん

生殖細胞系列遺伝子が変異して発症するがんには、遺伝性乳がん卵巣がん症候群やリンチ症候群(大腸がんや子宮体がんなど)、家族性大腸腺腫症(大腸がん)、網膜芽細胞腫(目のがん)、リーフラウメニ症候群(骨軟部肉腫など)、フォン・ヒッペルリンドウ病(脳腫瘍など)、ウィルムス腫瘍(泌尿器がん)、遺伝性黒色腫(皮膚がん)、MEN1型・MEN2型(内分泌の腫瘍)などさまざまながんがあります。これらのがんは、家系への遺伝に強く関係して、がんが発症していると考えられています。

生殖細胞系列遺伝子とは

生殖細胞系列遺伝子とは、私たちが生まれつきもっている遺伝子のことで、ヒトの体のすべての細胞の中に認められます。
生殖細胞系列遺伝子は、子どもを作るために必要な生殖細胞(精子や卵子)の中にも存在するため、世代から世代へと受け継がれていきます。

がんが遺伝するとは

生殖細胞系列の遺伝子に変異があると、体中の細胞が異常をもつことになり、生まれたときから、がんを発症しやすい体質となります。こうしたがんを「遺伝性のがん」と呼びます。がんを起こしやすい遺伝子の異常は、親から子どもへ半分(50%)の確率で伝わるため、家系の中でがんを起こしやすくなります。
一般的に家族性のがんは、若くしてがんになった方がいる、家系内に何回もがんになった方がいる、特定のがんが多く発生しているなどの特徴があります。しかし、遺伝性のがんは、がん全体の5~10%程度にすぎません。家族にがんの人がいることが必ずしも遺伝によるものとは限りませんので、必要以上に不安に思わなくて大丈夫です。
(小島勇貴・田村研治)

動画での解説

Q12.体細胞変異に関係するがんにはどのようなものがありますか?

A.肺がんや大腸がん、乳がんなどの多くのがんは、がんに関連する遺伝子の体細胞変異を認めます。

解説

体細胞と体細胞変異とは

ヒトの体の中の細胞には、「生殖細胞」と「体細胞」の2種類があります。生殖細胞が卵子、精子といった遺伝情報を次世代へと伝える役割をもつ細胞であるのに対し、体細胞とは、脳や内臓、筋肉、骨、皮膚といった体を構成する細胞のことです。
体細胞のDNAは、紫外線やウイルスの感染などで傷がついて、DNAの文字が部分的に変わってしまうことがあります。これを「体細胞変異」と呼びます。

体細胞変異でがんができるしくみ

がん細胞は、正常な細胞の遺伝子に2〜10個程度の傷がつくことにより発生するといわれています。これらの遺伝子の傷は、一度につくわけではなく、長い間に徐々についていくことが多いといわれています。年をとることや、たばこなどの生活・環境といった原因なども遺伝子に傷をつけて、遺伝子の傷が増えることによって、がんが発生すると考えられています。

体細胞変異によるがんは遺伝しない

体細胞変異は、生殖細胞系列遺伝子変異とは違って、ヒトの体のすべての細胞にあるわけではありません。体の一部分の細胞に、がんになる原因の遺伝子変異が起こったとしても、遺伝することはありません。
例えばEGFR遺伝子に変異のある肺がんなど、一部のがんでは体細胞変異を検査することで、遺伝子異常にあわせて効果のある抗がん薬を選ぶことができます。
(小島勇貴・田村研治)

動画での解説

Q13.融合遺伝子に関係するがんにはどのようなものがありますか?

A.融合遺伝子に関係するがんには急性前骨髄性白血病や、慢性骨髄性白血病などの白血病、肺がんなどがあります。

解説

融合遺伝子とは

融合遺伝子とは、なんらかの原因によって、別々の遺伝子同士が融合することでできる特殊な遺伝子のことです。多くの場合は、遺伝子が融合しても細胞にとって無意味なことがほとんどですが、一部のがんでは、その融合遺伝子から作られるタンパク質が、そのがんを発症させる原因になることがわかっています(イラスト参照)。融合遺伝子は体細胞変異のため、遺伝することはありません。

融合遺伝子によるがん

融合遺伝子に関係するがんは、PML-RARA融合遺伝子による急性前骨髄性白血病や、BCR-ABL融合遺伝子による慢性骨髄性白血病、ALK、ROS1、RETといった融合遺伝子による肺がんがあります。ほかの白血病や小児に多くみられる肉腫などのがんにも融合遺伝子がみつかっています。これら白血病や肉腫では比較的多く発見されていますが、肺がんや大腸がんなどの一般的ながんではとてもまれです。

融合遺伝子によるがんの治療薬

一部の融合遺伝子に対しては抗がん薬が開発され、治療に使われています。例えば、ALK融合遺伝子による肺がんに対する抗がん薬には、クリゾチニブ、アレクチニブ、セリチニブなどがあります。(小島勇貴・田村研治)

動画での解説

Q14.分子標的薬とはなんですか?

A.がんの増殖・転移に関連する、体内の細胞内にある特定の「分子」を狙い撃ちし、その機能を制御することで、がん細胞を死滅させたり、増殖(進行)を抑えたりする目的で開発されたお薬です。

解説

分子とは

私たちヒトの体を構成する細胞は、無数の「分子」と呼ばれるタンパク質から構成されています。
分子は正常細胞やがん細胞の中や表面に存在し、それぞれの細胞を特徴づけています。
これらの特定の分子が細胞の増殖や個体の成長に寄与していることが知られています。

分子標的薬のしくみと特徴

がん細胞はがんを進行させる特徴をもつため、体にとって悪さをする分子が過剰にあったり、一方では不足したりしていることがあります。
これらの分子は、①新しい細胞作り、②新しい血管作り、③免疫からの逃避、④遺伝子を不安定にさせ、異常なタンパク質を作り出す、⑤新しい正常な細胞分裂を抑える(機能を邪魔する)、といった命令を出したり受けたりすることにより、がん細胞を増やしたり、増殖に有利な環境を作ったりしていきます。
このような作用をもつ分子を直接狙い撃ちし、その作用を制御するようなお薬が「分子標的薬」です。
その結果として、病気の進行を抑えたり、がんが小さくなることで症状を抑えたりすることができます。
従来の抗がん薬と異なって、特定の「分子」をもつがん細胞にのみ働きかけるため、正常な細胞への損傷が少なく、脱毛、吐き気、下痢、免疫力低下による感染といった患者さんが感じられる副作用が少ないお薬が比較的多いと考えられています。
一方で薬による肺炎などによる死亡例もあり、従来の抗がん薬と同様に専門医による治療が必要と考えられています。お薬の形態には飲み薬や点滴があります。

分子標的薬の分類と代表例

①抗体薬:主にがん細胞の表面にみられる受容体(分子)などに接着し、その細胞内へがんが増殖する命令が届かないように働きかけます。点滴が多いです。
代表例:乳がん細胞における「ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2)」という分子に働きかけるトラスツズマブ(商品名:ハーセプチン®)。
②小分子化合物:主にがん細胞の中にみられるチロシンキナーゼという酵素(分子)などに働きかけ、がん細胞の増殖に必要な命令を遮断します。
代表例:肺がん細胞における「上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ」という分子に働きかけるゲフィチニブ(商品名:イレッサ®)。
(大熊ひとみ・田村研治)

動画での解説

Q15.がんの個別化医療とはなんですか?

A.患者さんのがん細胞の特徴をとらえ、一人ひとりの個性にかなった医療を行うことです。

解説

がん細胞にも個性がある?

私たちが一人ひとり異なる遺伝子をもち合わせているように、体の中のがん細胞もそれぞれの特徴をもち合わせています。がん細胞の進行に関係する遺伝子によって、異常な働きをする分子が現れます。この異常な働きをする遺伝子や分子は一人ひとりで異なるため、病気の状態は千差万別であるといわれています。

がん細胞の個性に合わせた治療

従来の医療は、同じ病気には、その病気に応じた医療を行うことがほとんどでした。しかし、がん細胞の遺伝子や分子という特徴をとらえる技術が発達することで、同じ病気であっても一人ひとりの個性に沿った医療を行うほうが望ましいことがわかってきました。
新しい技術により、①治療の効果を予想する指標、②再発のしやすさを測る指標、③副作用の発現を予測する指標、④治療が効きづらくなっていることを予測する指標(薬剤耐性)、が簡単にわかるようになってきました。これらの指標を「バイオマーカー」と呼びます。

バイオマーカーにより個別化医療が進んできた

1回の検査で一気にたくさんのバイオマーカーを測定できる遺伝子解析キットを代表例として、バイオマーカーを測る技術の発展により、それに応じて特定のバイオマーカーを標的とした治療薬も次々と開発されています。患者さんのバイオマーカーと、それにかなった治療薬を受けることを「個別化医療」と呼びます。

個別化医療の代表例

①治療の効果を予想する指標:ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2)(乳がん・胃がん)
②再発のしやすさを測る指標:Oncotype(オンコタイプ)DX®(早期乳がん)
③副作用の発現を予測する指標:UGT1A1遺伝子多型(イリノテカン治療)
④治療が効きづらくなっていることを予測する指標:上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子異常(抗EGFR薬治療)
(大熊ひとみ・田村研治)

動画での解説

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