Cancer Genome chapter
がんゲノム医療を学ぶ~第7章

「第7章:家族性腫瘍・遺伝性腫瘍」では、家族性腫瘍・遺伝性腫瘍に焦点をあて、がんゲノム検査がすべて、家族性腫瘍・遺伝性腫瘍を指していないことも解説します。

Q36.家族や親せきにがん患者がいない場合、遺伝性腫瘍は否定できますか?

A.家族や親せきにがん患者がいなくても、遺伝性腫瘍は否定できません。
また、家族や親せきにがん患者が多くても、遺伝性腫瘍とはかぎりません。

解説

がんはどのように遺伝するのか

がんを含め、私たちの体に起こる多くの病気の原因には、環境要因(食事、運動などの生活習慣や有害物質の影響など)、遺伝要因(生まれつき病気になりやすい、あるいはなりにくい体質)、時間要因(それぞれの病気は起きやすい年齢が異なる)があります。
「遺伝性腫瘍」はこの3つの要因のうち、特に遺伝要因が強くかかわっているがんのことを指します。遺伝性腫瘍は正確にいえば「がんが遺伝する」わけではなく、「がんになりやすい体質」が遺伝的に伝わるものです。
したがってそのような体質をもっていてもがんにならない人もいますので、遺伝性腫瘍の家系であってもがん患者がいないという場合があります。

遺伝性腫瘍はどのように考えたらよいのか

「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」のように、主に女性にがんが起きやすい遺伝性腫瘍の体質が父方から伝わっている場合では、父親や祖父が体質をもっていてもがんになりにくく、結果として家系内にがん患者がいないということも起こります。
また、遺伝子は親から子に伝えられるときにDNAのごく一部に変化が起きます。
これがたまたま遺伝性腫瘍に関係する遺伝子の中に起きた場合、両親は遺伝性腫瘍の体質をもっていなくても、子どもが新たに体質をもって生まれてくることがあります。
いったん新しい体質が子どもに生じたら、それはさらにその子の子孫に伝わっていく可能性があります。
一方で、現在は2人に1人ががんになる時代ですから、がん患者が家族や親せきにたくさんいても必ずしもそれだけで遺伝性であるとはいえません。
遺伝性腫瘍は、特定のがんが家族や親せきに多く、かつ比較的若い年齢で発病するという特徴があります。

(櫻井晃洋)

動画での解説

Q37.遺伝性腫瘍と診断されると 子どもは必ずがんを発症しますか?

A.遺伝性腫瘍の患者の子どもが、必ずがんを発症するわけではありません。

解説

なぜ遺伝性腫瘍はがんを発生しやすいのか

遺伝性腫瘍は、ほとんどの原因ががん抑制遺伝子の変異(生まれつきの変化)です。
ヒトの遺伝子は2万種類以上ありますが、その中にがん抑制遺伝子は数十種類あり、がん抑制遺伝子から作られるタンパク質が、細胞ががんになるのを防いでいます。精子と卵子以外のすべての細胞には、それぞれの遺伝子について通常両親から受け継いだ遺伝子が1つずつ、つまり同じ遺伝子が2つ入っています。
各がん抑制遺伝子も2つずつ入っていますが、遺伝性腫瘍の体質をもつ人は生まれつき2つのうちの1つに変異があり、一方のがん抑制遺伝子のみが働いている状況となっています。
ところが何らかの要因で、働いているほうのがん抑制遺伝子に変化が起きると、細胞内でのがん抑制遺伝子の働きがなくなりその細胞はがんへと変化します。2つあるがん抑制遺伝子の1つに後天的な変異が生じても、もう一方の変異していないがん抑制遺伝子があるため細胞はがん化しません。
したがって遺伝性腫瘍の体質をもたない人の場合は、1つの細胞に2回の変化が起きて細胞のがん化に至りますが、遺伝性腫瘍の体質をもつ人は1回の変化で働けるがん抑制遺伝子がなくなってしまうため、細胞ががん化しやすい状態になっています。

遺伝性腫瘍の遺伝のしかた

親から子どもへの遺伝情報の伝達は、精子や卵子を通じて受精卵に受け渡されます。
その際には両親がもつ各遺伝子2つのうち1つが子どもに受け渡されます。したがって、親のがん抑制遺伝子の片方に変異がある場合、1/2の確率で変異のあるがん抑制遺伝子が子どもに伝わります。これは2人に1人ということではなく、一人ひとりが50%の確率という意味です。
さらに、変異のあるがん抑制遺伝子を受け継いだとしても、必ずしもがんになるわけではありません。がんになる確率は遺伝性腫瘍の種類によって異なります。最も頻度の高い遺伝性腫瘍である遺伝性乳がん卵巣がん症候群では、遺伝的体質をもった女性が一生のうちに乳がんになる確率は約70%です。約30%の人は遺伝的体質をもっていても乳がんになりません。一方、家族性大腸腺腫症や家族性甲状腺がん(多発性内分泌腫瘍症2型)では、遺伝的体質をもった人は一生のうちにほぼ100%の確率でがんを発症します。
以上のように、親が遺伝性腫瘍と診断されても、がんができやすい体質が必ず子どもに伝わるわけではなく、また伝わったとしても必ずしもがんになるわけではありません。

(櫻井晃洋)

動画での解説

Q38.がん遺伝子パネル検査で遺伝性腫瘍が診断される場合がありますか?

A.がん遺伝子パネル検査で遺伝性腫瘍の原因となる遺伝子の変化がみつかる場合があります。

解説

がん遺伝子パネル検査でみつかる遺伝子の変化

がん遺伝子パネル検査(Q42参照)では、がん組織からDNAを抽出し、がんに関係する数百種類の遺伝子にがん化に関連する変化がないかを調べます。
パネル検査によっては、がん組織のほかに正常組織(通常血液を用います)も同時に調べるものもあります。
がん組織を用いて行われるがん遺伝子パネル検査でみつかる遺伝子の変化の大部分は、がん細胞でのみ生じている遺伝子の変化です。これらの変化は患者さんが生まれつきもっているものではなく、精子や卵子など生殖に関係する細胞にも存在しないため、子どもの世代に伝わることもありません。
しかし、がん細胞だけでなく正常組織にも存在する遺伝子変化がみつかることがあります。
これらがん組織・正常組織ともに存在する変化は患者さんが生まれつきもっている変化で、これが遺伝性腫瘍の原因となる遺伝子に起こった変化である場合は、そのがん患者さんはがんを発生しやすい体質をもつ可能性が考えられます。

どのように遺伝性かどうかを判断するのか

実際には、どの遺伝子に変化が起きているのか、またがん組織でその遺伝子にどのくらいの割合で変化が起きているのかによって、遺伝性かどうかある程度推測することができます。
遺伝性である可能性が考えられる場合は、あらためて血液などの正常組織でその遺伝子を調べ、変化があるかどうかを確認します。正常組織でも同じ変化があれば遺伝性、正常組織には認められなければ非遺伝性と判断します。
がん遺伝子パネル検査を受ける患者さんのうち、このようにして遺伝性腫瘍の原因となる生まれつきの遺伝子の変化がみつかる可能性は約3%程度といわれています。
また遺伝性腫瘍の原因遺伝子の変化は必ずしも患者さんのがんに関係している遺伝子にだけみつかるとは限りません。
例えば肺がんの患者さんが検査を受けた結果、肺がんとは関係しない遺伝性乳がん
卵巣がんの原因遺伝子に生まれつきの変化がみつかる、といった状況も考えられます。

(櫻井晃洋)

動画での解説

Q39.遺伝カウンセリングとはなんですか?

A.遺伝や遺伝性疾患に関するさまざまな悩みや不安、疑問をもつ方に対して、遺伝の専門職が専門的な知識に基づいて適切な情報提供を行ったり、遺伝の可能性をわかりやすく伝えたりすることで、相談者の課題解決を支援するカウンセリングです。

解説

遺伝カウンセリングの対象者

遺伝や遺伝性疾患についての不安や悩みは、人によっても、またライフステージによっても程度は異なり、またその内容もさまざまです。遺伝カウンセリングでは、十分に話を聞きながら、疾患(例えばがん)が遺伝する(Q4、Q8、Q36参照)可能性の評価や情報提供などを行います。それらを基に、遺伝子診断を受けるべきか否かなどといった、相談者がもつ課題や選択肢をご自身で解決していけるよう、心理面や社会面も含めた支援を(ときに継続的に)行っています。遺伝性疾患の患者さんでなくても、ご家族や遺伝・遺伝性疾患について不安や悩みを抱えている方も含め、どなたでも遺伝カウンセリングを受けることができます。

遺伝カウンセリングはどこで受けるのでしょうか?

遺伝カウンセリングは、医療機関の中の遺伝子診療部門(遺伝子診療部、遺伝診療部、遺伝診療科など)で、臨床遺伝専門医と認定遺伝カウンセラーといった専門職が中心となり対応しています。遺伝子診療部門が医療機関にない場合は、担当医にお尋ねいただくか、全国遺伝子医療部門連絡会議※などから適切な情報をお探しください。

遺伝カウンセリングではどんなことを聞かれるのですか?

遺伝カウンセリングの内容は個人情報になりますので、秘密保持とプライバシー保護については万全の配慮をします。そのうえで、遺伝カウンセリングの際には、相談者の状況を把握することが重要なため、本人や家族の病気に関する情報(家族のだれが、いくつで、どの病気やがんになったのか、また遺伝子検査を受けた場合はその結果など)をお尋ねします。わかる範囲で構いませんので、相談の内容や家族の情報をあらかじめ準備していただけると、スムーズにより効果的な遺伝カウンセリングが行えます。
(渡邉 淳)

※全国遺伝子医療部門連絡会議にある遺伝子医療実施施設検索システム
http://www.idenshiiryoubumon.org/search/

動画での解説

Q40.親せきに若くしてがんになった人がいて、 自分が遺伝性腫瘍や家族性腫瘍でないか どうか心配です。どのようにすればよいですか?

A.その情報だけでは、ご自身が遺伝性腫瘍あるいは家族性腫瘍かを判断できない場合がほとんどです。このような場合、遺伝カウンセリングが有用ですのでご活用ください。

解説

がんは遺伝するとは限りません

日本人の2人に1人ががんにかかるため、親せきなどの血縁者にがん患者が複数いる方は少なくありません。
たばこを吸う家族がいれば肺がんになりやすいというように、遺伝要因以外にも、生活環境、習慣、食生活などの家族との生活で共有する環境要因によっても、同じ病気(がん)になることがあります。
環境要因や加齢によるがんにおける遺伝子変異の大部分は、受精後に分化し各臓器に存在する細胞に後天的(体細胞変異:Q12参照)に生じたものなので、精子や卵子には存在しないため子どもへ遺伝するものではありません(Q4参照)。

遺伝するがんは5~10%です

ある家系で、特定のがんがよく発生する場合、そのがんを「家族性腫瘍」と呼び、がんの5~10%に存在します。
家族性腫瘍のうち、がんの発症に遺伝要因が強く関連した疾患を「遺伝性腫瘍」と呼んでいます。
遺伝性腫瘍では、がんに関連する遺伝子の変異は生まれつきもつためすべての細胞に存在し(生殖細胞系列変異:Q11参照)、親から子どもへがんの発症のしやすさが伝わる可能性があります(Q4、Q8、Q36参照)。一方、遺伝性腫瘍の体質をもつ方でも、一生で必ずがんを発症するとは限らず、通常より特定のがんにかかりやすい体質をもっていることを示すだけです(Q37参照)。

遺伝性腫瘍がわかったら

遺伝子検査などにより病的な変化がみつかり遺伝性腫瘍の体質をもつとわかったら、早期発見を目指した適切な健康管理や予防的な医療によりがんの治療成績の向上が期待できます。
ご家族内でどなたか遺伝子検査を受けて遺伝性腫瘍の原因遺伝子に病的な変化があると判明していれば、その情報を活用し病気(がん)になる前に遺伝子検査を受けて、将来がんができやすいかどうかを知ることが可能です。
遺伝カウンセリング(Q39参照)では、ご家族の情報からがんの遺伝性を検討し、ときに遺伝子検査を利用することで健康管理に活用するお手伝いをしています。

(渡邉 淳)

動画での解説

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