Cancer Genome chapter
がんゲノム医療を学ぶ~第13章

「第13章:ゲノム医療の将来」では、現状でできることと、できないことを明確にした上で、将来の展望をお話しします。

Q64.今後ゲノム医療が期待される、ゲノムの異常と分子標的薬の組み合わせがありますか?

A.ゲノム医療が期待される、ゲノムの異常と分子標的薬の組み合わせはさまざまなものがあり、臨床試験や治験によって効果が確かめられます。

解説

HER2遺伝子異常とHER2阻害薬の組み合わせ

現在、乳がんと胃がんでは、HER2(ヒト上皮成長因子受容体2型)が活性化している場合にHER2阻害薬(抗HER2抗体など)が保険適用となっています。HER2を活性化させるような遺伝子異常は乳がん、胃がん以外にもみつかっており、そのようながんに対してはHER2阻害薬の効果が期待されます。

遺伝子修復機構異常とPARP阻害薬の組み合わせ

BRCA1/2(Q32参照)という、遺伝子修復機構にかかわる遺伝子に異常がある乳がんに対して、PARP阻害薬(Q32参照)というタイプの薬剤が現在保険適用となっています。また、卵巣がんでもPARP阻害薬は保険適用となっています。乳がんの適応は生殖細胞系列のBRCA1/2異常(遺伝するタイプの遺伝子異常)が対象ですが、体細胞系列のBRCA1/2異常(遺伝ではなく突然変異での遺伝子変異)に対してもPARP阻害薬の効果は期待されます。また、遺伝子修復機構にはBRCA1/2だけでなく、ほかにもさまざまな遺伝子異常がかかわるため、そのような遺伝子修復機構に異常があるがんに対してPARP阻害薬の効果が期待されます。
以上はゲノムの異常と分子標的薬の組み合わせのほんの一部の例ですが、ほかにもさまざまな組み合わせがあります。これらが本当に効果を示すかどうかについては、臨床試験や治験によって確かめられます。
(池田貞勝・熊木裕一)

用語解説

●HER2阻害薬:がん細胞の表面にあるHER2受容体に結合して、がん細胞の増殖を抑えたり、免疫細胞を呼び寄せてがん細胞を攻撃させたりする薬剤。トラスツズマブ、ペルツズマブ、T-DM1などの薬剤があります。

Q63.がんゲノム検査はスクリーニングや、術後再発のモニタリングに使えますか?

A.現在研究が進んでいます。

解説

術後再発のモニタリングへの応用

がんゲノム検査をがんの術後再発のモニタリングに使おうという試みは、現在盛んに研究されています。例えば、肺がん手術後に、血液によるリキッドバイオプシーを用いたところ、遺伝子変異の検出がなかった群に比べ、遺伝子変異の検出があった群では有意に再発リスクが高かったという報告があります。

がんゲノム検査のスクリーニングへの応用

がんのスクリーニングに用いる研究は、まだ始まったばかりですが、期待されています。

スクリーニングやモニタリングにはリキッドバイオプシーが適している

標的となるがん組織がまだないスクリーニングや、何回も行う必要のあるモニタリングには、手術や生検検体を用いる検査よりも、体液(血液など)を用いて行うリキッドバイオプシーが適しています。リキッドバイオプシー技術の発展にともない、これらの研究もより進んでいくと考えられます。
(池田貞勝・熊木裕一)

用語解説

●リキッドバイオプシー:内視鏡や針を用いて腫瘍組織を採取する従来の生検とは異なり、血液や尿などの体液を用いて診断や治療効果予測を行う方法。

Q62.ゲノム情報を一元的に保管・管理することはなにに役立ちますか?

A.日本人に特有の遺伝子変異に関する情報の蓄積により、がんゲノム診断の質の確保・向上や、新たな薬剤の開発に役立ちます。

解説

海外におけるゲノム情報データベース化の取り組み

ゲノム情報を一元的に保管・管理する海外での取り組みとしては、米国におけるがんゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas; TCGA)や、国際連携による国際がんゲノムコンソーシアム(International Cancer Genome Consortium; ICGC)といった大型がんゲノムプロジェクトがあり、さまざまながんにおいてゲノムデータの蓄積が進んでいます。

日本におけるゲノム情報データベース化の取り組み

日本人におけるゲノムデータの集約は、これまであまり進んでいませんでした。ところが日本でも、2018年に「がんゲノム情報管理センター(C-CAT: Center for Cancer Genomics and Advanced Therapeutics)」が開設されました。この施設で、国内のゲノムデータを一元的に保管・管理することにより、日本人に特有の遺伝子変異に関する情報の蓄積が進み、がんゲノム診断の質の確保・向上が図られることが期待されます。さらに、その情報を共有し、臨床試験や医師主導治験・企業治験などの基盤データとして利活用することにより、新たな薬剤の開発に役立つことも期待されています。
(池田貞勝・熊木裕一)

Q61.個々のゲノム情報は、薬剤の開発に生かされますか?

A.はい、バスケット試験という方法で生かされます。

解説

がんゲノム検査は治療に生かされているか?

現状では、遺伝子変異がみつかっても治療までたどり着くケースは限られています。がんゲノム検査によってみつかってくる治療薬の候補は適応外の薬剤であることが多く、実際に投与する方法が限られることが主な原因の一つです。

新しい薬剤を開発するための試み

これを解決し、治療の幅を広げようという研究のデザインが考えられています。治療薬の候補がみつかる遺伝子変異は頻度が低いため、従来のような効果を確かめる臨床試験や治験が組みにくいという問題点がありました。
そこで、単一(または同一系統)の遺伝子異常に対応する治療の効果を、がんの種類にかかわらずに調べる方法が考えられていて、「バスケット試験」と呼ばれています。バスケット試験は現在、日本を含め世界的に行われるようになってきており、遺伝子変異に対応する新しい薬剤の開発が期待されています。
(池田貞勝・熊木裕一)

用語解説

●臨床試験:薬剤の候補物質について、ヒトでの有効性や安全性について調べる試験。
●治験:厚生労働省から薬剤として承認を受けるために行う臨床試験。
●バスケット試験:単一、または同一系統の遺伝子異常(例えば、HER2遺伝子異常やBRAF遺伝子異常など)に対応する治療の効果を、がん種横断的に調べる試験。

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